蒸し暑いその部屋は、なかなか眠りにつけない。相部屋と言うのも久し
ぶりで、殆ど浅い眠りしか出来ないまま、朝を迎えた。窓の外の河口湖は
霧こそ出ていなかったが、厚い雲に覆われていた。朝食は無理矢理２杯食
べる。
　送迎バスで会場の富士北麓公園に着くが、いつもの市民マラソン大会的
なワイワイガヤガヤと言った雰囲気とはちょっと違う。さすがにウルトラ
マラソンでは参加者も自ずと限られている。が、しかし、富士登山競走の
時のピリピリした緊張感とも違う。本当に走るのが好きな人たちが、この
長い旅をエンジョイしよう、と言う感じだった。開会式もスタート３分前
に始まると言う素っ気無さ。もうすぐ８時だ。
　ピストルが鳴る。が、かなりのんびりとしたスタートだ。僕もまた、ど
んなペースで走ったらよく分からないので、周りに合わせてゆっくりと走
り始める。少し雨が降っている。が、幸い身体が冷えてしまうような大雨
ではない。５ｋｍ地点を通過し、１／１６を走っても、なんか距離の感覚
がよく分からない。
　１０ｋｍくらい走って奥河口湖に出る。ホテル街のあった場所とは違い、
湖畔にはぽちぽちと釣り人がいるだけで、無風の湖面には波も殆どない。
この辺りまではコンスタントに６分／ｋｍのペースで走っている、ちょう
どジョギングくらいのスピード。
　エイドステーションもウルトラマラソンならではで、飲み物以外に食べ
物が充実。１５ｋｍ地点のステーションではうどんがあって、１０時前だ
と言うのにちょっと空腹感のあったので一杯食べる。
　そうは言っても富士五湖は広い。河口湖から西湖へ。地名を現す看板は
どれも村ばかり。青木ヶ原樹海を抜けて、精進湖、本栖湖へ。これはかな
り幻想的な体験だった。長距離を走って頭がボーっとしているのもあるが、
霧で湖面の向こうが何も見えなかったり、かと思えば反対側には切り立っ
た山々が。広い湖の向こうから１漕のボートがさざなみを立てながらこち
らへ向かってくる風景、モネの淡い色に包まれた風景画のようでも、無幻
の境地の水墨画のようでもある。仮にもう一度同じ場所に立っても、多分
感じ方は絶対違うだろう、と確信してしまう不思議な風景だった。