４０ｋｍを過ぎた。これでほぼフルマラソンと同じ距離を走り、これから
がいよいよ未知の距離となる。半分来ただけでもかなり嬉しかった、これま
での体調不良や練習不足を考えると。湖畔に道路が引かれているほかは何も
ないコースを走る。
　３５ｋｍあたりから足に筋肉痛を感じ始めた。これはまぁいい、足が重く
なったもののまだまだ行ける。さて５０ｋｍ過ぎだ。ちょっと貧血気味になっ
てきた。すでに未知の距離だ。貧血はもう何度もやっているが、まだ先が長
いと言うのにどうなるか分からない。５３ｋｍくらいだろうか、とにかく一
度座って休むことにした。本当は横になりたかったが、言い場所が見つから
ない。もう少し走り、缶ジュースの自動販売機を見つけてスポーツドリンク
を買った。とりあえずこれでもう少し走れる。そして５５ｋｍのエイドステー
ション。幸いうどんを置いているステーションで、何はともあれうどんを食
べることにした。更に横になること約１５分、頭や手先に血が巡るようにな
るのを待つ。再スタートしたのが２時５０分、制限時間は後４時間１０分、
残り距離は２５ｋｍ。とにかく体が動く限り走るだけだ。
　６０ｋｍ地点は３時半過ぎ。そろそろ日没が心配になってくる。こんな人
気のないところでは、月でも出てなければ真っ暗になるはずだ、そしてこの
曇り具合では月明かりなど望むべくもない。今のペースが保てれば６時前に
到着可能だが、そんなことを期待出来る状態ではない。
　６５ｋｍまで来た。多分、僕は先のことなど心配していない。その気にな
ればいつだってリタイアできると思っている。そうやって軽い気持ちでない
と、こんな気の遠くなるような距離は走れっこない。「なぜ走るのか」と言
う哲学的な疑問もある。誰かのためかもしれない。でも先ずは自分のためだ
と思った。自己中心的かもしれないが、他人のためにこんな苦行はやってら
れない。自分のためなら出来る、と言うものでもないけれど、自分に言い訳
しながら、自分をだましながら走っていくうちにゴールに手が届くのかもし
れない。時差スタートのため最初は殆ど見かけなかった１００ｋｍコース、
１１７ｋｍコースの選手も、このあたりから抜かれたり抜いたりするように
なる、圧倒的に抜かれる方が多かったけど（苦笑）。そう、自分は８０ｋｍ
の距離のためにもがいているが、このレースにはもっと長い距離で戦ってい
る選手たちが沢山いるのだ。いずれも敬意を表さずにはいられない人たちば
かりである。
　次第に風景は繁華街に入り、７０ｋｍ地点に着く。５時を過ぎていた。も
う体中が筋肉痛なのだが、気合はむしろ前半より充実している。しんどくて
走っている時は、僕はいつも下を見て走っているのだが、今は前を行く選手
の背中を凝視しながら走っている。そして時々、腕を振る胸の筋肉、足を上
げる腿の筋肉の痛みに歯を食いしばって空を見上げたりする。
　繁華街を越えると、後は北麓公園に向かって長い坂が待っていた。残り数
ｋｍを残して、拷問のようなどこまでも続く上り坂。憔悴しきった選手たち
は誰もが歩いている、走っているのは殆どいない。だが僕は、この長旅の終
わりをダラダラと歩いて終わりにはしたくなかった。ここまで来ればもう悔
いはない、幸い、このコースは７月の富士登山競走のスタート直後と似たシ
チュエーションである。僕は思い切って登山競走の練習に見立てて一人走っ
て長い坂を登っていった。
　残り５ｋｍのエイドステーション。１００ｋｍコースと１１７ｋｍコース
の選手には残り1.6kmなので、もはや和気あいあいとした感じで最後の休憩を
楽しんでいる。というわけで、ここへ来ていまだに目が血走っていたのは僕
一人だけだろう（笑）。単調な上りはなくなったが、相変わらずアップダウ
ンの激しいコース。ここまで来たら、悔いのない走りでゴールしたい、と言
う想いだった。８０ｋｍコースだけのヘンな距離合わせのための盲腸コース
もとにかくあきらめずに走った。もうかなり暗くなっていて、折り返し点に
立つ係員の振る警棒の明かりがよく目立っていた。公園の入り口を入ると、
残りの力を振り絞ってラストスパート。緊張の糸が切れたら身体全部がバラ
バラになってしまいそうな身体で、４００ｍトラックに入り、ゴールのテー
プを切る。ゴール後、係員にバスタオルを背中からかけてもらえるのが、エ
リートマラソンぽくって嬉しかった。記録は１０時間３０分。長い一日が終
わった。
　すでに野原さんと三宅さんはゴールしていた。三宅さんは９時間台だが、
野原さんなどは夫婦でゴールして８時間台なのだから、すごい。勝さんは残
念ながら収容車に乗って帰ってきた。野原さん夫妻は宿を取っておられるよ
うだが、あとの３人はこれから東京まで帰らなければならない。これがまた
難儀で、河口湖駅発の中央高速バス新宿行きには間に合わず、富士急行線、
ＪＲ中央本線、中央線各駅停車、総武線各駅停車を乗り継いで帰ってきた。
最初固いコンパートメントの座席に眠れなかったが、中央本線に乗ってから
はそんなこともお構いなく意識がなくなっていた。