ヒーローなんて要らない

　つい最近、テレビの実写のウルトラマンシリーズの主役が２年前の
恐喝事件が発覚して逮捕される、と言う事件があった。そのために
番組は打ち切り、今月は総集編でお茶を濁すらしい。多くの大人にとっ
て、これは「子供の夢を壊す」悲しい事件、と写った事だろう。だが
私が思うに、これは大変教育的な事件ではないか、と思っている。つ
まり、この世に“正義の味方”などと言うものは存在しない事（正義
そのものの存在まではここでは否定しない）。子供向けの番組と言う
のは、おそらく正義が何で、悪が何か、を教えるためにあるのだろう。
それはいい、しかし正義の味方＝ヒーローがこの世に存在するかどう
かは分からない。それは単純に考えればおまわりさん＝警察官、とか
言うのもありだが、少なくとも神様のように万能な正義の味方なんて
いない。ヒーローものと言うのはそうした「万能の」正義の味方を主
役にしてしまう。僕はこのことは、夢を与えている、と言うよりも、
何か甘えられる存在がこの世の中には存在するのだ、と言う勘違いを
少年たちに与えているような気がしてならない。だから、このことは
少年たちにも正直に伝えるべきなのだ。正義の味方と称する人間にも、
ときには過ちを犯した過去がありえる、と言う事を。
　さて話題を変えて、今や日本中がフィーバーしているワールドカッ
プサッカーについて。僕は最初から無関心だった、と言うか、僕には
ワールドカップ以外に関心のあることが多すぎて、サッカーなんかか
まってられない、という程度のものだった。だがふたを開けてみると、
世の中の風潮が、日本代表に無関心なやつは非国民だ、と言われかね
ないような状況が出来上がっていた。道頓堀川に飛び込んだ人間が
６００人を超すと言う、阪神優勝以上に狂乱を見せる繁華街、日中の
業務時間にもかかわらず、特別措置として日本戦を観戦したサラリー
マンの割合は７０％を超すと言う異常事態。しかしこれらはニュース
の中の数字だ、本当に日本中狂乱の恐ろしさを肌で感じたのは、街中
どこにいてもサッカーの話題ばかりと言う事態、電車の中でも、レス
トランに入っても、銭湯に行っても。サッカー以外の事を話題にする
と白い目で見られかねないようなこの雰囲気は何なのだ？
　この、日本中の人々が右向け右の状態に、私は北○鮮のような全体
主義国家、あるいは戦前の日本のような帝国主義臨戦態勢のシミュレー
ションを見た思いがした。たとえば想像してみるとよい、これがサッ
カーではなく圧倒的なカリスマ性を持つ政治家だったらどうか？今ま
で日本の政権はいいところ支持率は８０％くらいだと思うが、これが
９８％を超すような状態になったらどうなるか？このような状態になっ
たら野党はまったくの無力、与党が好き勝手に法律を変えて、あっと
いう間に専制国家になってしまうだろう。実際、独裁者なんてものは
歴史や地理を紐解けばいとも簡単に探す事ができる。そういう危機の
紙一重にいたのがＷ杯サッカーの熱狂だと思ったのは妄想だろうか？
　どうやら人々と言うのはヒーローを強烈に熱望しているらしい。日
本代表は、すなわち日本を世界に知らしめるためのヒーローである。
日本人は彼らイレブンが日本を救ってくれる救世主でもあるかのごと
く陶酔している。そうなのか？ただ単に、彼らは他の誰よりもサッカー
が好きで、他の誰よりも努力をし、あの晴れ舞台に立つ権利を得て、
純粋にサッカーを楽しんでいる、それだけのはずだ。なのに日本国民
と来たら彼らを救世主のように崇めている。
　もちろん世界的に見たら、日本人のサッカーの熱狂度は低いだろう。
ひどい国では負けて帰ってきた選手をフーリガンが殺害してしまう事
すらあるらしい、モスクワでロシアが対日本戦で負けたときに、日本
人経営のレストランを襲撃すると言うニュースもあった。だが少しず
つ日本人もその気違いじみた興奮を真似ようとしている、それが道頓
堀に飛び込んだ連中だろう。
　サッカー選手はヒーローではない、日本を救ってくれたりはしない。
そしてそれ以上に、日本が世界で何位になるとか、そんなことに何の
意味があるのだろう？それは選手やチームの栄誉に関する問題で、日
本国の問題とは何の関係もない。なぜＷ杯サッカーにせよ、オリンピッ
クにせよ、選手たちに“国代表”などと言う看板を持たせるのだろう？
　先ほどの妄想の続きをしよう。あの妄想は、「強い者は悪い事も簡
単にできてしまう」と言う持論に基づいている。もっと分かりやすく
言えば、良い世の中は民主主義によってしかもたらされない、強い人
物の登場は戦国時代しかもたらさない、それが私の持論。ヒーローな
んて百害あって一利なしなのだ。