先日の場末（でもないか、結構駅前）のラーメン屋で、とても丁寧に 何度も「ありがとう」と言っているお客さんがいた。ちょうどお店に入っ たばかりなので、経緯は分からない。逆に言えば、そこでどんな心暖ま る光景があったのか、想像を掻き立てるシーンだ。ひょっとしたら大し たことのない、他愛のない出来事だったのかもしれないが、魅力的なも のが溢れかえるテレビの中や、繁華街の華やかな雰囲気やディズニーラ ンドの夢の世界とは違い、言葉が過去への想像へといざなう。 先ほど述べた「反対給付義務」の話を応用するなら、ありがとう、と 言う言葉それ自体が贈り物であり、直接向けた相手以外にも伝わって、 新たな循環が生まれることもある。贈り物とは、直接差し出した相手以 外が思いがけず受け取る性質があり、芸術とか文学と言うのは、そうし た当事者間からはみ出た「ありがとう」が生み出したものなのではない だろうか。