大人なんかもういらない！

　あるパソコン通信（草の根なので、伏せておきます）で、ある初老の男性に
よる、過去に愛し合った人に再会（と言っても、口を聞いたわけでなく、通り
すがっただけだが）した話の投稿があった。その話を僕はえらく気に入ってし
まった。駅前のターミナルで人を待っていた彼は、通りがかったタクシーの運
転手が女性であることに気づく。そして良く見ると、その女性は昔の恋人だっ
たらしい。そんな出来事から彼は少しだけ自分の過去について語り始めたので
ある。その中身はどうでもよくて、僕がその記事に対して「とてもカッコイイ
と思いました」と感想を述べたところ、「こんな泥臭いおれの人生がカッコイ
イわけないだろ」と逆に叱られたのだった。

　果たして、人は歳を取れば自然と過去の思い出がたくさん出来る。その中に
は、誇るべき話もあれば、恥ずべき話もあるだろう。そこで、多くの人々は過
去の栄光だけを語りたがり、汚点については誰もしゃべりたがらない。当たり
前と言えば当たり前のことである。僕自身だって、１０年後、２０年後に、過
去の栄光にすがるろくでもないジジイになっているかも知れない。

　僕はその時、「この話はまるで「マディソン郡の橋」のようにロマンチック
だ」という書き方で感想を述べてしまった。しかし今思うに、彼が「泥臭い人
生」と表現したように、本人にとってはこれは栄光ではなく、汚点だったはず
だ。それを正直に記事にしてネットに投稿した、と言う行為その物がカッコイ
イのではないか、と思い始めた。

　今の僕は、子供の頃以上に親に反発している、と自覚している。それは勿論、
曲がりなりにも一人前に社会に出て、自分で自分の飯代を稼いでいる、と言う
ことにもあるが、それ以上に、３０余年の自分の人生でいろいろと考えること
が出来てきた中で、親の発言がそれを論駁できるほどの説得力がまるで感じら
れないことがどうにも白々しく思えるのだ。僕は、「今と昔じゃ時代が違うか
ら」という、議論の平行線に決着を付けてしまう言葉なしで、このことを感じ
てしまう場面がいくつもある。例えば、「勉強しなさい、そうすればいい会社
には入れるから」とか、「他の人はもう結婚してるんだから、あなたも早く身
を固めなさい」とか、ありがちな台詞の中に、親自身の人生経験がみじんも染
み出ていないことに反発してしまうのである。「いい会社に入ること＝幸せ」、
「適齢期に結婚すること＝幸せ」という方程式が、一切彼らの口から説明され
ないから、納得行かないのである。そんな方程式、うそっぱちだ、と言う僕の
主張に、彼らは何も答えてくれないのである。

　親の発言を敷衍するようで申し訳ないが、他の大人達も似たり寄ったりだな、
と言うのが僕の率直な感想だ。薬害エイズ問題、住専問題、などのように責任
逃れによる事件を見る度、この思いを強くする。そういう僕だって、一つ一つ
の発言に責任を持てるか、と言えば、意外と逃げてる場面もあることは否定し
ない。でも、少なくとも僕は、他人の人生を左右するような場面で、経験に基
づかない紋切り型の発言しかしない大人に大いに不信感を抱く。そんな中で、
このパソコン通信の投稿者である初老の男性は、負の部分を公にさらけ出した、
と言う点で、なんて信頼のおける大人なんだろう、と思ったのだった。