第１０話

　「アケちゃんは、学生時代は店でも有名な酒豪だったわね。いや、お酒に強い
だけじゃなかったわ、高いお酒でもグイグイ飲むの。つまりお金があったみたい
ね。なんかお金持ちの男性と愛人契約してたみたいよ。」
　酒の席での話とは言え、いきなりこんな暴露話ではベビーフェイスも顔を曇ら
せるしかなかった。
　「あらいやだ、変な話しちゃってごめんなさいね。高いお酒飲んでくれる常連
さんほどありがたいものはないから、ついつい」
　店長の豪傑さは昔からなので、その意味では店長変わってないなあ、と懐かし
くもあるのだが、やはり昔の暴露話は恥ずかしかった。
　「そう言えば、その愛人契約してた男性って、最近殺されたみたいよ。」
　２人とも、えっ、と言う顔をする。朱美もタケシと付き合うようになってか
らはこの店はご無沙汰ゆえ、愛人男のこともすっかり縁遠くなっていたので、
そのショッキングな話は初耳だった。
　「ただ、自分の車の中で死んでたから、自殺だって説もあるのよ。でも、あん
な酷い死に方、自殺とは到底思えないのよね。」
　すっかり忘れていた男のこととは言え、自分と関係していた男がそんな事件に
巻き込まれていた、とあっては、彼女もいい気分はしない。店長は更に続けた。
　「なんでもね、下腹部が見事に切り取られてたっていうの、つまり、オチン○
ンよ。なんかそれって、浮気がばれて女に殺される、ってパターンっぽくない？
でもあの人、そんな甲斐性あったのかしらねえ？あらいやだ、死人の悪口なんか
言って、アタシって悪い人間よねえ、ホホッ。」
　さすがにこんな話を聞かされたら、昔は聞きなれたオネエ言葉だが、気分悪く
て仕方なかった。と同時に、朱美は今まで起きた奇怪な出来事がなんだったのか、
全て分かったような気がした。

　その日の夜、朱美はサングラスをかけずに浴室へ入った。そして、鏡の前で自
らの白い肌をさらす。例によって、下半身に猛烈な快感が襲いかかり、朱美は３
発発射して気絶するまで巨根を握ってオナニーに耽った。猛烈な疲れが後に残っ
たが、この快感とこの疲れは、もう２度とないだろう、と確信した。
　翌朝、バイト先に休みの電話を入れ、昨日ピテカントロプスの店長に聞いた
昔の愛人男の墓を訪ねた。まだ彼岸から１週間経ったばかりだ、枯れかけた菊の
花が処分されずに残っている。朱美は入口で一番奇麗な黄色の菊の花と線香を持っ
て参拝した。
　「突然あなたの前から姿を消したりして、本当にごめんなさい。」
　朱美は墓石に向かって拝む、と言うよりは、むしろ謝っているようだった。男
との間で犯した過ちを、償っているようだった。彼女は黙祷を捧げ、そして墓石
のてっぺんにキスをしたのだった。

　その後、朱美がどうなったのかは誰も知らない。噂では出家して女坊主になっ
たと言われている。私、愛人男の弟は、朱美を必死に探しているのだが。彼女が
兄に対して働いた悪魔のような仕打ちを、償ってくれていればいいと思う。