キエシロフスキ・コレクション＠ル・シネマ２

　昨日の予告通り:-)、本日有休を取って映画三昧、Krzyshtof Kies'lowski
の作品を２本観てきました。

	Krotki Film O Zabijaniu 殺人に関する短いフィルム

　この作品を初めて観たのはいつだったろうか。この作品を劇場鑑賞した
のはこれで何回目だろうか。あらためて、この映画は自分の人生に影響を
与えた“事件”の１つだったのだ、と言うことを知る。同時に、すでにス
トーリーが分かっているのに、却って自分が齢を重ねる分、衝撃（これは
多分、“感動”などと言う安っぽい感情ではない）が強くすらなっていく
希有の作品。
　意味を何もかも「戦争」に結び付けたいわけではないけれど、この作品
が人間の“原罪”を描いている、と考えている私にとっては、まさにそう
した人間の愚かさをものすごい説得力をもって描いた作品だと思う。殺人
のシーン、死刑執行のシーン、ドキュメンタリー作家出身のキエシロフス
キが観る者のイマジネーションを強く刺激してやまないシーンに、この映
像作家の真骨頂を感じる。
　文学も詩も、かつてのような影響力を失ってしまったのはなぜだろうか？
懐古趣味のことではない、私が生まれるずっと前、明治大正時代の話であ
る。そうしたあらゆる芸術活動が消費社会によって無力化されてしまった
現在、かろうじてセカンドサマーオブラブの流れを汲んだクラブカルチャー
だけが、私に“政治的芸術運動”の香いをもたらせてくれる唯一の物となっ
ている（注：私にとって、政治家のやっている政治は“行政”であって“政
治”ではない、本当の政治は民衆自身の行動だと思うからだ。その意味でス
トレートな政治活動ではなく“文化的”政治活動に重きを置くのである）。
しかし東欧ではまだ（と言っても、キエシロフスキはすでに没後７年の歳
月が経ったが）こうした社会活動と芸術活動の連動が少なからず見て取れる
（キエシロフスキ自身は作品に政治性を込めてはいない、と言っているが、
問題なのは観衆がその作品をどう解釈したかだ）。
　私はこの作品に、涙が顎まで届くほど泣いた。目薬を差したのでもない
限り、これほど涙が出る感情が自分にあったのか、と驚くくらい。上記で
政治的だ、宗教的だと書いて、余計な思想や概念でこの映画を評論してみ
てはいるが、実のところこんな普遍的に人間存在を見つめた映画もない。
つまり、政治や宗教の手垢が着かずにはおれない普遍的なことをストレー
トに描いてみせたことの奇跡がこの作品なのだと思う。

	Krotki Film O Milosci 愛に関する短いフィルム

　この映画にもかつて多大な影響を受けた。不器用な恋愛、と言うものを
肯定する映画は他にも沢山あるだろう。だがこの映画はむしろ恋愛とはそ
もそも不器用なものだ、と言う視点に立っている。これを青春映画にカテ
ゴライズすることはできないと思う、“覗き”や“手紙の盗み見”を肯定
している以上、健全な青少年向け作品とは言えないだろう。純愛映画と言っ
てしまうのも違うような気がする。彼は決して“無償の愛”などと言う高
潔なものを求めているわけではないのだと思う、ただ、不器用すぎて何が
欲しいのか分からないだけ。
　先ほども書いた通り、キエシロフスキはドキュメンタリー作家という出
自を持つ。モラリスティックに不器用な愛、無償の愛を肯定したくてこの
作品を作ったのではなく、恋愛の普遍性が不器用さ、見返りを求めないこ
とにある、と言う事実にあることを淀みなく映像化した、と言うこと。ア
メリカ映画だと役者と言う固有名詞が被さることで分かりやすく美しく恋
愛が描かれても、こういう普遍的で恋愛の芯が剥き出しになるような描き
方はしない／できないのではないか。
　屁理屈を並べてしまったが、変に器用になってしまったおかげで、恋愛
することが無邪気な頃より怖くなってしまった今となっては、水溜まりに
張った氷のように、透き通っていてしかも壊れやすい恋愛にとても憧れて
しまう。これはそんな映画。

	おまけ：ミレー３大名画展	ザ・ミュージアム

　３本立て続けに映画でもいいのだが、その日のBunkamuraは美術展もいい
感じだったので、パスタランチを１時間かけて楽しんだ後、ザ・ミュージア
ムへ。月曜日だと言うのに、美術館は現役引退のオバサマ方で行列が出来て
ます。しかし、渋谷は子供向けの街だと思ったら大間違い、こうして大人向
けのエンタテインメントも充実してますね。
　フランスの素朴な農場の風景。個人的体験の厳風景ではないにもかかわら
ず、そこには懐かしさが漂う。描き手が工業化する時代にあって、そう言う
ノスタルジックな視点を持って眺めたせいもあろう。しかし農業と言う第一
次産業ならではの普遍性も確実にある。夕焼けが沈む広い空は日本にだって
かつてあった。
　この時代に、初めて人物画で宮廷貴族以外の一般市民も描かれるようになっ
たと言う。懐かしさを漂わす素朴さがある一方で、こうした自然主義作家の
作品は社会の変化の影響を如実に受けていて、それはつまり作品の政治性に
もつながる。ミレーの作品だって、郷愁の反対側に貧しき農民の地主に対す
る搾取構造の告発を読み取る評論家もいる。芸術評論としては反則でも、芸
術が社会の中で価値を認められていると言うことは、そういうことなのだと
思う。