「命」篠原哲雄監督

　普段考えることのない、しかし一番大切なことを、いつもはトレンディド
ラマのカリスマ的存在の二人（江角マキ子、豊川悦司）が演じている。胃が
痛くなるようなシリアスなドラマ、観客動員数で他の作品と勝負できるよう
な内容ではないが、おそらく彼らにとっては、この作品がちょっとしたター
ニングポイントになっているのではないかと思わせるほど真摯な演技に何度
も目頭を熱くさせた。
　あまりに素朴なテーマなので、プログラムにはグタグタと理屈めいた評論
は載っておらず、出演者や原作者（柳美里）へのインタビューが多い。早い
話が、（恋愛映画や戦争映画だって普遍性はあるのだが）観客一人一人にとっ
て例外なく考えさせられるテーマなので、結論を与えることは不可能、情報
のみを載せた、と言うことなのだろう。
　原作がセンセーショナルだからと言って、ちょっと柳美里と言う人が在日
と言う特殊性を持っている他は、他者の生や死に立ち向かう物語というのは
誰にでもある。なのに何度も目頭を熱くさせてしまったのは、やはりそうし
た機会をなくしているのかもしれない。正直な話、僕はひょっとすると親兄
弟の死に目に真正面から立ち向かえないかもしれない（精神的な意味で）。
あるいは、自分の血を受け継いだ子供の誕生にも立ち会えないかもしれない。
幸いなことに、僕はまだ“自分の”生と死に立ち向かおうとする意識はある。
とにかく、かけがえのないたった一つの命について考える、そんな当たり前
なことの大事さを教えてくれる映画。（以下独り言、北朝鮮の拉致問題なん
かも、死んだ人のことを憎悪に変換してしまう悪意に満ちた報道を見るにつ
け、まさに“命”の一つ一つをかけがえのない物として考えていない最たる
ものだ、と思い、大変悲しいことだと思う）
　エンディングテーマは安室奈美恵"Wishing on the Same Star"。柳美里ほ
どではないが（と言うかやや別の形で）、まだ２４にして激しく他者の生と
死に立ち向かう人生を生きてきた人。こちらもこの素朴にして力強い説得力
を持った映画にふさわしい楽曲、そして歌唱。先週は体調不良と精神的不安
から壊れそうになっていたが、これを見て少し元気になれた気がした。