東京サンダンス　〜俺達の２０世紀〜

　はるばる福岡の街まで来て観光していると、何でわざわざこんな遠くまで
来ちゃったんだろう、なんて思ったりする。何と言うか、計画している時に
熱く興奮していた想いが、実行の段になって冷めてしまったような感じ。だ
が所詮、人生とはそんなもので、立ち止まってみると、目標を忘れたり、間
違った方向に行ってしまったりするもの。そんな自分を振り返りながら、こ
の、ちょっと古臭い、ちょっと照れくさい、素朴な青春ドラマは本当に良い
舞台劇だった。
　ストーリーを要約してしまうと話は簡単で、ロックンローラーとして大成
する夢を夢を追いかける若者３人が、現実と立ち向かいながら成長していく、
と言うもの。だがこの、どこにでもありそうな話でありながら、そのくせす
ぐに忘れてしまっていたような物語に久々に遭遇し、自分と重ね合せたりす
ることで、リアルな体験のように３時間のお芝居にのめり込んでしまう自分
がいた。僕は酒井美紀さん目当てではるばる東京から福岡までやってきて観
劇した（東京分のチケットが取れてたら来なかっただろうけど:-)）。だが、
思い切り後ろの席だったため、登場人物の姿は豆粒状態。出出しでは美紀さ
んと他の女優さんの区別がつかない有り様。だが逆に言えば、劇全体がとて
も生き生きとしていて、美紀さんの演じる劇と言うことを抜きにしても十分
楽しめる劇だった、と言うこと。交通費の元は十分に取れたと思っている。
　劇の感想の第一声として、これは他の美紀さんファンでも同じ事を感じる
と思うが、「白線流し」と共通のテーマを持つ、普遍的な魅力を持つ作品だっ
たなあ、と言うこと。若者が大人に成長する過程を描いたストーリー、と言
う点で先ず共通している。客層こそトニセンファンの若い女性が中心だが、
白線と同様、若かりし頃を忘れかけている大人たちにこそ訴える物語。また、
登場人物がすべて純粋で愛すべき人たちばかり、悪役にあたる人がいない
（脇役は除くとして）、白線の時も、７人とも応援したくなるような一生懸
命な生き様を見せてくれたが、サンダンスで登場する若者７人もまた、何度
も挫折を繰返しながらも一生懸命に自分の未来を切り開こうとする姿勢がと
ても初々しく、ある意味、殺伐とした学園生活ばかりがクローズアップされ
る現代社会で死滅してしまったかと思わせる純粋だった青春が舞台の上を満
たしていた。
　途中１５分の休憩を挿んで、３時間を超える舞台劇。１０人の役者さんた
ちはそれぞれすごいテンションでこの舞台にぶつかってこられたのだろうと
思う。それはお芝居ではあるけれど、役者さん個人の人間的成長まで映し出
しているようで、本当にリアル。美紀さん扮する歩美も、ロックバンドの追っ
かけ女子大生から、自分の人生を見つめ、新しい生き方を模索していく。時々
暴走して、お互いを傷つけ合ったりしながらも、厚い友情と信頼で結ばれた
仲間たち。そういう関係を理想に過ぎない、と切って捨ててしまうのは簡単
だが、少なくとも、彼らみたいに、目標に向かって体当たりすることは、や
ろうと思えばできたはずなのにやらなかった、そんな自分自身の後悔から、
この物語にセンチメンタルなシンパシーを持ってしまうのだ。
　個人的には音楽ライブでも舞台演劇でも、生で観ることが重要であって、
ビデオで繰返し鑑賞したりする、と言うのはあまり好きではない。そういう
見方をすると、こちらも緊張感が緩んで、おやつやご飯を食べながらのなが
ら鑑賞をついついしてしまうので、作品に対して礼を失してしまうから。まぁ
実際、今回の舞台はビデオ化されそうな気配はないけれど。しかし一方で、
これは白線流し同様、続編があって然るべき内容のドラマだとも思う。観る
側の成長と合わせて、物語の中の登場人物たちも成長していく、そうすれば
感動もリアリティも倍増するに違いないと思う。実際、後から聞いた話で、
千秋楽には１５年後の彼らによる「続・東京サンダンス〜俺達の２１世紀」
とタイトルされた寸劇が終幕後にあったとのこと。
　思うに、酒井美紀と言う女優は、そういうドラマにこそハマる存在なのだ
ろう。短いドラマに終らず、観客と登場人物が共に長い人生を歩んでいくよ
うな、真の意味で命のあるドラマを引張っていく、そんな魅力が彼女の中に
は備わっているのではないだろうか。同時に、美紀さん一人の中で完結させ
たりせず、共演者たちも一緒に成長させてしまうすごい役者。白線もサンダ
ンスも、決して美紀さんの役柄が突出したりはせず、登場人物全員が平等に
重要な役を演じ、かつ非常に良い緊張感を保っている。そんな中に酒井美紀
と言う女優があてはめられた時、本当に心に残る、忘れ難いお芝居になる。
美紀さんは１０年後、２０年後も優れた女優で居続けるだろう、そんな確証
を持てる今回の舞台だった。